水戸

 一昨日(4月26日)、前日で研修会を終わり、妻と待ち合わせをして上野駅から常磐線に乗り水戸に行きました。
 水戸に着き水戸駅のすぐそばにある「水戸弘道館」に行きました。

弘道館
 水戸九代藩主斉昭公が、藤田東湖や会沢正志斎などの学者の意見を聞いて、多くの困難な障害をのりこえて、天保12年(1841)に創立した藩校で、藩政改革(いわゆる天保改革)の眼目として、ロシア、イギリス、アメリカなどの外国勢力が我が国に迫りつつある時、長くつづいた社会や政治の腐敗堕落を改革して、国家の独立と発展を全うするためには、まず優れた人材を養成しなければならないと、従来の、幕府や諸藩の学校とは違った構想で造られた藩校です。

・第15代の将軍となった徳川慶喜公も、父斉昭公の厳しい教育方針で5歳の時から弘道館において英才教育を受けました。慶応3年(1867年)の大政奉還の後、謹慎した至善堂(しぜんどう)が今も残っています。

・弘道館の敷地は54,070坪(約178,400平方メートル)と大規模で、
    金沢の明倫堂(17,000坪)、
    萩の明倫館(14,000坪)、
    幕府の昌平黌(11,000坪)

と比較しても構想の雄大さを窺うことができる。

 

・施設としては、
 正庁・至善堂・文館・武館(撃剣館・槍術館・柔術館)軍機局・天文・算数・地図等の館・医学館・その他の建造物、
また広い調練場・馬場のある、今日の総合大学的規模でした。

 

水戸弘道館の床の間にかけてある「尊王攘夷」のじく

 弘道館の後「偕楽園」に行きました。

偕楽園
 偕楽園は金沢の兼六園、岡山の後楽園とならぶ「日本三公園」のひとつで、天保13年(1842年)に水戸藩第九代藩主徳川斉昭によって造園されました。斉昭は、千波湖に臨む七面山を切り開き、領内の民と偕(とも)に楽しむ場にしたいと願い、「偕楽園」をつくりました。約13haの園内には約百品種・三千本の梅が植えられ、早春には観梅客でにぎわいます。

当時としては珍しい3階建ての「好文亭」。3階から庭、千波湖を眺める。素晴らしい景色でした。水戸九代藩主斉昭公が庶民と一緒に楽しみたいと建てた「好文亭」です。

 夜は大洗に泊まりました。太平洋が目の前で大変きれいな景色でした。

ホテルよりの眺め

 

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