百試千改

 沼田高校の入学式で学校長が式辞で「百試千改」の言葉を新入生に送られました。にしき堂のテレビCMでもやっています。
 意味は100回試みて1000回改める。決してあきらめないという意味です。物づくりの基本、生きていく上での基本となる言葉ではないかと思いました。プロゴルファーの「ジャンボ 尾崎将司 」氏のゴルフバックに座右の銘として書いてあるそうです。

 

 この言葉は安芸津町の三浦仙三郎と言う酒造家が言った言葉だそうです。

 

三浦 仙三郎
 生誕 1847年3月8日
 広島県賀茂郡三津村(現東広島市安芸津町三津)
 死没 1908年8月15日(満61歳没)

 

 明治20年代半ば、当時30歳だった仙三郎は、仙三郎は瀬戸内海に面した三津(現在の東広島市安芸津)で酒造業を始める。しかし、4年間酒は腐造になるなど、多大な損失を出す。明治25年(1892年)頃、仙三郎は、原因が水質にあることを知る。それは、広島の水は酵母の栄養となるミネラルの少ない軟水であるというものであった。その後、温度や湿度を管理するなど合理的に実験を重ねて、明治31年(1898年)に軟水による改良醸造法を完成させた。この醸造法には2つの大きな特徴があった。ひとつは麹が米の内部まで行き渡るよう麹をしっかり育てるというもの、もうひとつは醪(もろみ)を低温でゆっくりと発酵させるといったものである。

 

 仙三郎は改良醸造法を文書にまとめて広く公開した。この醸造法は全国的な好評を博し、明治40年(1907年)に開かれた全国清酒品評会では広島の酒が上位を占めた。今日では、広島、特に西条は灘・伏見と並び、日本の三大銘醸地と称されている。

 

富久長
 瀬戸内海に面した広島県の杜氏の里「安芸津町」にて、日本酒とリキュールの製造をしている「株式会社 今田酒造本店」

 

雫大吟醸古酒 百試千改
 大吟醸を搾るときに圧力をかけず滴り落ちてくる雫だけを集めた、三浦仙三郎の座右の銘「百試千改」の名にふさわしい特別のお酒。
ひとつの仕込みから少ししか得られない貴重なお酒を冷蔵庫で最低3年以上寝かせました(現在の商品は16BYのお酒なので、秘蔵酒を名乗れるレベルです)。
 雫酒の滑らかさと時が紡ぎ出したまろやかさが相まって、この上なく舌触りのよいお酒となりました。


 

 

百試千改という吟醸酒です

 

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