雲願寺

 昨日は朝から雨で散歩に行けませんでした。夕方4時前から天気が良く成ったので散歩に行こうという事になり、子供の頃に遊んでいた「雲願寺」に行ってみました。アストラムラインで山は分断され昔の面影はありませんでした。アストラムライン北側の山に登ってみましたがフェンスで途中行き止まりとなっていました。(一番奥に墓所が有りました)
 現在は、アストラムライン南側に鐘つき堂・お堂・石碑・石像等が集められています。雲願寺山に登ったら「四国88箇所巡り」が出来ると、子供の頃にはお花見や秋の実のなる時期には、子供同士で良く上りました。鐘つき堂の手前に椎木が有り、秋の実りの時期にはそれを拾って食べていました。そして点在していた石像の側を走って、現在の若葉台のあたりの山まで走っていました。懐かしい思い出です。現在の集められている鐘つき堂や石像を見に行こうと行ってみましたが、フェンスでさえぎられていて鍵が掛けてあり入れませんでした。「安佐南区地域おこし課」の看板が掛けてあり「管理の都合上鍵がかけてあることが有ります」とありました。ちょっと不親切な気がしました。何時空いているのか?どこに行ったら開けてもらえるのか?さっぱり解りません。

 

登り口にある看板

鐘つき堂とお堂

●[雲願寺]

 この寺は禅宗あるいは真言宗と言われている。寺院の創建、宗派の創立は明らかでないし、今は寺院もない。
 そこには雲願寺と称するお堂があり、等身大の阿弥陀如来座像がある。「沼田郡伴村差出帳」によると寛文10年(1662)の縁起には、阿弥陀仏は弘法大師の作で、毛利元就の崇拝をうけ、天正年間(1572~1592)堂一宇の建立と寺領300石の寄進があったと記されている。厳島合戦で毛利氏が陶を破ったのは、この寺の仏前で千僧供養を行ったことによると言われ、雲願寺の隆盛ぶりを伝えている。

 お堂や鐘楼は、平成4年(1992)アストラムライン工事に伴って現在の地に建立された。
 また、近くにあった五輪塔群はお堂の近くに集められており、100体の石仏は整然と並べられ安置されている。
 阿弥陀座像は、昭和56年に県の有形重要文化財に指定されている。--広畠さん作成資料より

(「上さんのぶらり紀行」HP引用)

 

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